弥栄いやさか

さて、今年も8月15日がやってまいりました。

毎年この時期になると、戦後周年、戦争の悲惨さ、戦争反対という言葉が叫ばれます。

隣の国から核兵器を積んだICBMが飛んでくるかもしれないというときに、暢気なものです。

この手の連中は、往にして日本が嫌いな人が多いようです。

ですから、反日という共通のテーマで活動しています。

反日という看板さえ守れば、各人が違う事をやっていても共通性のある行動となるわけです。

しかし、保守派はどうでしょうか。

多くの保守は、日本が良くなるために保守をやっていると思います。

ところが実際は思い込みや自己陶酔をしているだけの人もいるようです。

その姿は、日本のことが嫌いな左翼とよく似ています。

反日を掲げる連中が、反日という看板を共通で背負っているように、保守的な人間も共通の看板を持つべきなのではないでしょうか。

もちろん、日本を護り、日本を発展させるような看板です。

ただ、日本のためという理由で活動していると、右翼というレッテルが張られかねません、

しかし、考えてみましょう。

極左集団が左翼だなんだと言われてもあまり関係ないのと同じで、日本人が日本を尊重し重視することで右翼と言われたところで関係ないのではないでしょうか。

日本人として、日本のためになる行動をしているのですから。

それで右翼と間違われるレッテルを張られても、もし保守の看板があれば、右翼?違いますよ。〜です。と静かに返せればよいだけです。

そのための言葉は、できれば〜日のほうが単語としてはわかりやすいかもしれませんが、全く違う読み方をする単語でもおもしろいかもしれません。

それで少し考えたのですが。

反日の対義語って、弥栄ではないでしょうか。

国籍問わず、反日がやっていることは日本を滅ぼすことです。

心ある日本人は日本がますます栄えることを祈るはずです。

そのために、保守的な人がお互いつぶし合っていては話になりません。

各人のそれぞれの主張はあるでしょうが、基本的に日本が栄えることを祈ってほしい。

曲がりなりにも保守を名乗っているのであれば、日本が反日勢力に侵されることをまず敵としてほしいのです。

そのために、もう一度自分の行動を振り返ってほしいですね。

その行動は、日本がますます栄えるためのものですか?それとも、自己満足ですか?

その行動は、反日勢力に利用されませんか?

日本のためになる行動をしているのに、右翼と非難される。

右翼?違いますよ、弥栄です。

返す言葉は、この一言で十分なのではないでしょうか。

日高見剱

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